さくらんぼ


校内で生徒が引き起こす
大きな事件が連続した。

この事件が暗に示す問題はたくさんあるが、
その中で、
言葉の暴力というものを考えさせられた。

人を傷つける言葉を
私達は安易に選んでしまってはないだろうか・・・











以前、両親が東北旅行から帰って来た日
車で空港まで迎えに行った。




便が到着したと
言われなくてもわかる程の人波の中に、
親はどこかと
探さなくてもわかる程の滑稽な2人がいた。










笑顔で手を振る2人の姿に
私は見たくないものを見てしまった。














父の頭部に
















さくらんぼ のブローチが













ついていた・・・。



















父が被った黒い帽子に、
本物さながらの
真っ赤な さくらんぼ が
リボンのように可愛く揺れていた。










高原でスキップする少女の帽子ではない。

空港をガニ股で歩く父の帽子だ。











身長180cm、色黒、強面で
ただでさえ恐そうなオジサンの頭に
さくらんぼがついているから

なお恐い。








そのさくらんぼは、
帽子とセットな訳ではなく、
誰かに付けろと言われた訳でもなく、

明らかに父の判断で付けている。
父が気に入って付けている。













父のそんな行為を許している母も謎だ。





「この人は、山形県の人に成りきってるんよ」と
さくらんぼを指して
母は笑っているだけだった。


いくらさくらんぼの産地でも、
頭につけた男性は
そう いないのではなかろうか。

さくらんぼを頭につけ、
山形の人みたいというのは、
山形県人に失礼だ。













近づいてくるや否や、

「このさくらんぼ、本物みたいやろ?」と
得意げに笑う父のことを、

「そのさくらんぼ、罰ゲーム?」と
ばっさり斬れる人がいたら教えて欲しい。











とりあえず、
その場でブローチを外させるのは諦めて、
私はできるだけ人の目に触れないよう
すばやく2人を車に押し込んだ。









その後も私の中で葛藤は続いた。









父は、
そのさくらんぼ付きの帽子を
今後も愛用したいようだった。




その さくらんぼは、
きっと父が旅で見つけた自慢の一品。

しかも、帽子につけるということを
ちょっと小粋なコーディネートだと思っていたはず。

さくらんぼが
頭部で揺れるたびに
旅も一層楽しくなったに違いない!


・・・ちょっと、大袈裟?




何はともあれ、
そんな さくらんぼ を否定されたら
楽しかった旅の思い出まで
灰色になるのではなかろうか。



もちろん私に
そんな風に思い出を傷つける権利はない。





しかし、そんな帽子でうろつかれては
色んな噂が、近所で飛び交いかねない。
はっきり言って、
・・・家族は迷惑だ。



ならば、
どうしたら父に嫌な思いをさせずに
外すことができるだろうか・・・













考えた挙句・・・

私はさくらんぼを褒める事にした。








「かわいい!かわいい!」





散々誉めた後、

「あまりに可愛いから、どうしてもそのさくらんぼが欲しい」と

年甲斐もなく駄々をこねた。












我ながら、よくやったと思う。











そんなこんなで

やっと
そのさくらんぼを
父の頭から離すことができた。




父も私も笑顔で終わった。






















「変だ。おかしい。」
という言葉で外させるのは簡単だったと思う。

でも、人を傷つけない言葉の方が何倍も良い。




引き出しで眠った さくらんぼのブローチに
懐かしさを覚えながら

そんなことを思った。

















あとは、
父が調子に乗って
もう一つ買って来ることがないよう
祈るだけだ




今後、

父のさくらんぼの産地への旅行には

反対しておこう・・・