不思議人間


〜母がこの日記の存在を知ったのは、最近のこと。


色んな人からこの日記の話をされたようだ。
特に、去年の9月に私が書いた英会話の話。
母が、“巨峰”を英語にする時、
“グレープフルーツ”と間違って言ったことを
よく突っ込まれるらしい。

「皆その話をして笑うのよ」
という母。
とりあえずその場は笑い返しているという。

しかし、そんな母の胸の内には、
喉まで出かかっては、引っ込める一言があった。
それは・・・






「一体、どこが間違いなの?」





・・・そうだった。

母にはこの疑問は当然生じておかしくないもの。


「もう最近は、“ジンギスカン”は無理ね」
と母が言いだせば、
それは食べ放題の“バイキング”のこと。

「“鉄かぶと”の場所はね・・・」
と母が言いだせば、
それは頭にかぶる“ヘルメット”のこと。


そんなオリジナルの同語辞典が存在する母だもの。

“グレープ” と “グレープフルーツ”なんて
当然のごとくイコールで結ばれているはずだ。




ついに間違いを教えた私に向かって、

「あ、そうだったの?危なかった。
もう少しで墓穴を掘る所だったー。」

と胸をなでおろして笑う母。


娘としては

「もう充分深い墓穴は掘られているよ」と

そこまで教えた方が良かったのだろうか・・・。


これだけ恥をかいておいて
まだセーフと言い張る
目の前の母。

不思議人間かも・・・
親に対して一瞬でもそう思った自分は
ふとどき者だろうか。


凡人には理解不能な不思議人間
その思考回路は謎に包まれたまま・・・






〜父も最近この日記を読んだという。



読み終わって一言。

「涙がでた。」

そう言った。



もう一度確認するが、

「な み だ が で た。」

そう言った。




さすがに娘でも、お手上げだ。
言っている意味がさっぱりわからない。

父の醜態をさらす部分ならあるが
涙を誘う描写はない。



亭主関白の父。
親の葬式でも泣かない男。
その目は砂漠以上に渇ききっており、
感動する心など持ち合わせていないはずだ。


・・・ちょっと言い過ぎたか

まぁとにかく
そんな父が“泣いた”ということは、
岩淵家の歴史に残すべき、奇跡的な1コマ。




しかし一体どこの部分なのか、
書いた本人ですら見当がつかない。


とはいえ、
例え身に覚えがなくても
泣くほど感動したと言われれば
ちょっぴり嬉しい。


ちょっと声を弾ませて

「どこで?どんな内容で?」
と聞いてみた。


すると父は一言、こういった。













「忘れた・・・。」







わ す れ た?

さっき読んだんでしょう?
涙を流したんでしょう?
それほど感動したんでしょう?



「思い出してよ!どんな内容?」
私は食い下がった。


しかし一言、こう言った。



















「・・・忘れた。」





さすがに娘でも、お手上げだ。
言っている意味がさっぱりわからない。


すぐに忘れる程度の内容で
ウン十年間干からびていた目から
記念すべき涙を流したというのか?



一体どの部分だろう。

私は過去の分まで読み返してみたが、
感動的記述は
どこにも見当たらない。

一体どの部分だろう・・・。

父の琴線に触れる部分は
どこにあったのだろう。






「感動した。でも、忘れた」と言う
目の前の父。

不思議人間なのだから・・・
そう思うことでしか
親の発言を納得できない自分は

ふとどき者だろうか。







凡人には理解不能な不思議人間。
その思考回路は謎に包まれたまま
例え何年付き合おうとも・・・