カメ

旅に出た。

旅先では、ついつい名物が気になる。
毎晩お財布を省みずに、
その土地ごとの絶品に舌鼓を打った。


そんな暴飲暴食の日々・・・、続く訳ない。
旅の資金は、早くも中盤で底をつく。

この計画性のなさに、
やむを得ず、グルメな時間を過ごすことは、
断念することに。

その日のディナーは、
スーパーの閉店間際に駆け込んで、
嗚呼、虚しいかな
半額シール付の「かに玉丼」、140円也。

翌日も涙ながらの節約は、続いた。

同じくスーパーの閉店間際の来店。
半額シール付の「中華丼」、190円也。

さすがに2日も続くと虚しさも倍増する。


せめて雰囲気だけでも・・・
と、節約2日目は、
海を見ながら食べようと思い立った。

海がめも産卵するという綺麗な海岸へ・・・
車を走らせること20分。

レンジでチンした中華丼ぬくもりが、
まだギリギリ残っている。

もうすぐ、冷める!
一刻も早く食べねば!
そう思って走らせた海沿いの道に、
突如、おじさんが現れた。
丁寧に駐車場に誘導し、
無事駐車を終えた車に、近づいてきたそのおじさん。

なにやら、「海がめの産卵が始まるから、急げ」と言っている。

しかし、ここに来た第一の目的は中華丼を食べること!

「先にお弁当を食べても良いですか?」
この問いには、
ふざけるな風の勢いで
「そんな時間はない!」とのこと。

時刻は、夜の9時近かった。
その日は日中、山登りで体力を消耗した。
言うまでもなく、「はらぺこ」である。
しかし何とか、スーパーの半額時間まで待った。
そして、やっと手にした中華丼。

正直、産卵なんてどうでもいい!
今は目の前の中華丼の方が大切!
そう思えた。

しかし、今さら逃れられず、
「所要時間は40分」とのおじさんの言葉を胸に
海がめ事務所に向かって、
とぼとぼ歩いた。

一人700円・・・。
このお金さえあれば、あと4食は食べられる・・・。
この考えを飲み込んで、
夕食の4倍の料金を払う。

お腹の音を気にしつつ、こそこそと海岸へ。

明かりも駄目、騒ぐのも、動き回るのももちろん駄目。

「今そこで、海がめが穴を掘ってます!」
その係りの人の言葉だけを頼りに、
息を呑んで、何も見えない暗闇を眺める。

まだかな、まだかな?

亀がのろまなのは分かっている。
でも、こんなにのろいのか?
40分は、とっくに過ぎている。

海から吹く冷風に、震えはもちろん、頭痛も始まる。


震えること、それから2時間・・・。
係りの人がやっと発した一言。

「亀が穴掘りに失敗しました・・・。」




結局、産卵も目にすることなく、車に戻ったのは、
深夜0時近く。


何度も言うが、
中華丼を食べに来ただけだった。



車内で冷えきったお弁当。

半額シールが暗に示す賞味期限は、
あえて確認しなかった・・・。